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旅立ち

土日は祖母が他界したため、母親の実家のある福井へ行っていました。

そのため、土曜日に開催する予定だったAGさんとのトライアル・スタンディング講習会を3/9に延期させていただきました。

楽しみにされていた参加者の皆様、申し訳ありませんでしたm(__)m

 

福井へ行くこと自体、5年振りです。

ブログを始める前の秋に、子供たちにとっての ひいおばあちゃんと会わせるため福井へ行って以来です。息子1年生、娘年中のときです。

ほんのちょっとの時間だったんですが、子供たちにとってはとても印象深いものでした。

お墓参りしたり、僕たちが子供の頃遊んだ神社に行ったり・・・

 

そして冬に行くのは、さらに久しぶりで、僕がたぶん、幼稚園に入る前以来だと思います。

ものすごい量の雪で、従兄弟たちにカマクラを作ってもらったりして遊んだ記憶があります。

そして、その時の記憶で鮮明なのは、雪の中を(たしか夕方くらいに)祖母におんぶをしてもらってたことです。

どこか親戚の家に行くためだったかと(この辺りは親戚だらけです)。

 

そんな雪国な場所で、田舎なんですが、僕が大好きな場所、おばあちゃんだったんです。

祖母の訃報を聞いた時、もう一度生きている時に会っとけばと、後悔の念が絶えませんでした。

 

福井へは、僕の母親と弟の三人で行きました。

ちょうど息子は大事な用事があって、行くことはできなく、悩んでいたところ、ひいおばあちゃんへの手紙を書いて、それを持って行くことにしました。

土曜日は結構雪が降るとの予報だったので、電車で福井駅まで行き、そこからは先に行っていた叔父が車で迎えに来てくれていました。

 

母親の実家に到着すると、間もなく納棺の儀と言われる、仏様を納棺するための準備が始まりました。

映画の「おくりびと」で知られるようになった、納棺師の方が美しい所作で祖母をきれいにし、僕も含めて納棺させていただきました。

こういったことは初めての体験でした。

 

お通夜と葬儀は、別の場所でということで、僕たちも移動しました。

続々と集まる親戚や祖母にゆかりのある人々。

ほんとに懐かしい顔、というか思い出すまで結構時間がかかったり(汗)

母方のいとこは、僕たち兄弟合わせて10人いるんですが、これだけ揃ったのは、祖父が亡くなった19年前以来です。

こういうことが無い限り、なかなか会えないですよね。

僕たち兄弟は、この中では年齢的に下の方なので、未だに「ちゃん」付けです。

色んなことを覚えてくれていて、おじさんやおばさんもいつも気にかけてくれているというのを知って、嬉しく思いました。

で、中でも今回初顔合わせなのは、すぐ下の従妹(といっても11歳下なんですが)の子供たち。小学校一年生と2歳の女の子二人。

こういった寂しい気持ちになる状況の中で、ほんとこの二人には癒されました。

しかも二人ともすごく懐かれて、和歌山に連れて帰ろうかとも思いましたよ(^^)

 

お通夜は滞りなく終わり、僕たちは、この場所に泊まることにしました。

所謂、お線香やろうそくの番になるんですが、電化の嵐がここまで来ていて・・・全て電気の灯りでした(^^;

と言う訳ではないのですが、僕と弟と叔父との三人でお酒を飲みながら、遅くまで語り合いました。

で、そのときにお袋に怒られて・・・70近いおじいさんと、50手前のオヤジ二人が・・・(汗)

 

日曜日。

外に出てみると雪山が目に入りました。

130217

ま、前日から結構な雪だったので、ある意味テンション上がってたんですが、ほんと、雪国にいるんだなぁって。

お寺さんに行くとき、従弟と従妹の娘がはしゃいじゃって・・・

130217_2

ま、その気持ち、よーくわかります。

でも大人な僕は、さすがにできません(^^;

 

 

葬儀が始まり、これでもう祖母ともお別れなんだなって思うと涙が出てきました。

そして、息子から託された手紙が式の最後に読まれました。

ひいおばあちゃんに会えたことへの感謝の言葉が沢山ちりばめられた手紙でした。

読んで頂けるとは思ってもいなかったので、「曾孫さんからの暖かいお手紙を・・・」と司会者の方が言われた瞬間、怒涛のごとく涙が溢れました。

弟なんかは、「涙だけじゃなくて鼻水も出たわー」って。

どうやら皆の心を震わしたようですね。

 

僕の母親と祖母との間には、色んなことがあったようです。

でも、人の親になって、そのときの気持ちがわかったそうです。

それから、母親と祖母の関係はとても大切なものになったそうです。

僕も子供を持ち、その気持ちが少しずつわかってきたような気がします。

 

激動の時代を生き抜いた祖母。

そして僕たちにとってはとでも優しい「おばあちゃん」でした。

自分でも、この場所は第二の故郷と思ってます。

それもおばあちゃんがいてくれたからこそ、だと。

もう今は祖母の形はありませんが、その場所に祖母はいてくれているはずです。

 

初盆には、家族そろって おばあちゃんに会いに行きます。

 

あばあちゃん、ほんとにありがとう。

そして、長い間、お疲れ様でした。

 

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コメント

お悔やみ申し上げます

私も婆ちゃん大好きだったので凄く気持ち分かります
亡くなった時
同じく「まだまだ沢山話しとけば良かった」って後悔しました

日頃平凡にすごしてて気付かない「生きてる」って事を「身内の死」で改めて気付かされます

ブログ読んで今一度「生きてる事への感謝の気持ち」を持てました

ありがとうございます!

投稿: morimo | 2013年2月20日 (水) 01時02分

>morimoさん
こちらこそ有難うございます!
ほんとに同感です。

あの世で祖母に会えることができたなら、「良い人生だったよ」って伝えることができるよう、これからの人生、よりよいものしたいですね。これが何よりの供養かと思います(^^)

投稿: chootoku | 2013年2月20日 (水) 22時57分

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