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2011年3月

春です

明日から新年度。

少しずつ暖かくなってきました。

 

今日はScratchのナカジーが医師国家試験に合格したということでお祝いをしました。

高い目標をもって、それを成し遂げる、いやぁ、なかなか出来ないことです。

これから2年間は研修医として病院で働いて、さらに高みを目指して頑張っていくんだろうと思います。

でも、身体に気をつけて頑張ってくださいね。

 

お祝い会の締めは、・・・・ケーキ・・・カットぉ?

初のオペです(笑)

110331dr_nakazi_2

祝合格 Dr. Nakaziと書いたチョコレートを持って記念撮影。

(モザイクかけてもイケメンだぁ)

 

帰りに紀三井寺の前を通りかかりました。

夜の紀三井寺ってもしかして初かも・・・

すごく幻想的で、きれいでした。

 

春はもう来てますね。

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サクラ

午前中の有酸素運動の後、午後から子供たちと一緒に和歌山城近くの本屋まで自転車にてお散歩。

娘もなかなか良いペースでついてこられるようになりました。

 

本屋の後は、和歌山城へ。

一の橋門をくぐってのすぐの紅しだれ・・・咲いてました♪

春が来てるんですね~。

 

露店が出ていたので、たい焼きを食べてみました。

まったりとした時間が流れていきます。春ですね。

 

春は来ています。

東北の方にも必ず行きますからね!

 

 

・・・桜の写真、撮るの忘れてました・・・

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困難に打ち勝つ

未だに全容がわからない東日本大震災以来、僕は何を書いていいのかわからない。

被害の無い和歌山に住む僕にとって、向こうの日常と嬉しさや楽しさのある僕の日常との大きなギャップに苛立ちに似た感情も湧く。

自粛というムードもあって、楽しいことを書くのをしばらく止めようかとも。

 

・・・

・・・

数週間前、世界の貧困をなくすためのNPOのワークショップに参加しました。

そこにウェブ・チャートという手法で、重大な事象を解析し、その困難な状況に打ち勝つと方法を見出すということをしました。

「人の死」という大変重い事象。

些細な原因も含め、僕たちは、その原因の相関関係を見ていきます。

その中で僕は、ほんの些細な、僕たちでも寄与できる原因が重大な事象と絡み合っていることを見つけました。

小さなことが、大きなことに繋がっている・・・

僕のポリシーである、このブログの副題

「半径2mの笑いの輪から、世界平和を目論む」

に通じています。

 

被災地の方は見ていないとは思いますが、勝手にエールを送らせてください。

・・・

今は僕も想像ができないほどの大変な状況ですが、ほんの少しだけでも前へとつなげてください。ちょっとずつ、ちょっとずつ・・・

それが大きな前進へとつながるはずです。

 

また、被災地で無い僕たちも被災地で命をかけて頑張っている人たちの前へ向いている一歩を、ほんとに小さな力ですが、大きな前進につながると思って応援したいと思います。

被災地の状況は、遅々として進まないよう見えたりもしますが、少しずつ前へ進んでいるのは確かだと思います。冷静に見守っていかなければならないと思います。

粘り強い東北の皆さんであれば、きっと、もっと強く、困難に打ち勝っていくものと信じています。

 

 

We Shall Overcome !!

(↑書いた内容と微妙に違う気がしますが、困難に打ち勝つという意味で。)

 

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M9.0

ニュース等でご存知だと思いますが、東北地方太平洋沖大地震・・・想像を絶する大震災がおこりました。

被災者の皆様におかれましては心よりお見舞い申し上げます。

また、この大震災で犠牲になられた皆様におかれましては心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

この地震の当日、和歌山の職場でコンピュータの前で仕事をしていました。

すると誰かが、

「揺れてませんか?」と。

座っていたのですぐに揺れていることに気がつきました。

ゆっくりとした横揺れで、その大きさは徐々に大きくなり、窓のブラインドもゆっくりと動いて、目に見えるようになりました。

その揺れは小さいけれども長い時間だったため、気持ち悪い感じでした。

 

直下型の地震ではないようなので、どこか遠いところでの地震であろうということで、すぐさま誰かがネットで震源地を調べたところ、東北地方で震度7という表示に驚きの声が聞こえました。

僕もネットで確認してみると確かに震度7という表示。

 

職場には今回の被災地近辺出身の人が何人かいるのですが、連絡がつかない人も・・・

なにかスゴイことが起こったのではないかと感じ、少し身震いしました。

(あの阪神大震災のときのような・・・)

和歌山には大津波警報が出ていたので、会社が海の近くということもあって、高いビルの職場での待機ということに。

しばらくして、帰宅許可がでたので帰ってテレビをみると・・・

 

実はこの週末、風邪でダウンしていたので、この状態で、今、同じような震災にあったらと思うと、ぞっとします。

 

家も海から最短距離はグーグルアースで計測してみると、4km強。

もう少し遠いと思っていたのですが・・・

和歌山市の防災マップの東海、東南海、南海地震が同時に起こったときのM8.6では我が家は津波の影響は無いようですが、今回と同じような規模の津波であれば家が飲みこまれる恐れがあります。

 

今回、おそらくどこよりも津波を警戒していた地域での大災害。

「想定外」という言葉が聞こえてきます。

「想定」では我が家は津波の被害を受けないことになってますが、「想定外」が起こりうることを考えて準備、行動しなければと思います。

明日は我が身かも知れません。

 

一人でも多くの人が救助され、一刻も早く復興できることを心より願っております。

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Love Letter

ちょっと前のこと。

実家のお袋から電話。

「お父さんにラブレター書いたんやけど聞いてくれる?」

 

何のことかと思いきや、何かのコンテストに応募するようで・・・

そのラブレター、読むのは良いけど、涙ぐみながら話すんで、こっちももらい泣きしそうで・・・昔から涙腺とても弱いんやけど(笑)

 

親父は、11年ほど前に、アルツハイマー型の認知症と診断され、今はほぼ寝たきりの状態。お袋が介護に当たっています。

診断された当初は、そんなに症状も目立たなく、「ちょっと苦手なことがある」程度でした。

 

でも5年ほど前に、症状が急変し、自分の家族や自分自身さえ何者かがわからないようになっていました。

それも僕自身が帰省していたそのときに変わっていきました。大好きな孫がわからなくなり、手を上げたんです・・・

それから、何度も入退院を繰り返すようになり、お袋と親父との戦いが始まりました。

とにかく献身的に介護をしようとするお袋が心配でした。親父を恨んだこともありました。

お袋と親父にとって本当に辛い毎日がしばらく続きました。

僕も、親父とどのように接して良いのか試行錯誤しました。本も読んでみたりもしました。

「親父もつらいんだな」これが、僕がわかった唯一のことです。

でも、幸運なことに周りにいる人たちがみな親切に接してくれて、いろんなことが良い方向に進み始めました。

今は、身体の自由は利きませんが、穏やかに過ごせています。

会話は出来ませんが、話しかけると笑ってくれます。

息子たちも実家に帰ると、おじいちゃんやおばあちゃんを和ませます。

・・・

お袋のラブレターを聞いたんですが、ま、別にこれでもいいかな、って感じでした。

本当は、もっともっと書きたいことがあるようですが、既定の字数に収まりきれない様子。

それで・・・

「でも強いて言えば・・・第三者に聞かせようとしているように聞こえる」と。

「このラブレターって親父に伝えたいんでしょ。だったら、そんな説明しているようなこと、省けば良いじゃないの?」

「それに、同じ境遇の人たちにも勇気を持ってもらおうと考えているんだったら、この病気の中にも、ちゃんと本当の親父がいるんだってことを伝えた方が良い」

結局、なんだかんだで、このラブレター、大変更することに。

ちょっと言い過ぎたかなあ(^^;

数日後、再びお袋から電話。

このとき、僕は居なかったので、嫁が対応したとのこと。

なにやら、ラブレターが完成して、デイサービスから帰ってきた親父に聞かせたようです。

すると親父、涙を流して聞いてくれて、お袋ももらい泣き。

二人で号泣したそうです。

良かった、伝わって・・・ね。

 

僕は出来上がったラブレター聞いてないんですが、いつか世に出ることを願って待ちましょう。

って、それはほとんど無いと思いますが・・・

 

で、味をしめたお袋、僕に向かって、お前もを自分の嫁にラブレターを書けって・・・

そんな恥ずかしいことできません!って丁重にお断りをしました。

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